シッタカブリオーネ

虚言・妄言・支離滅裂

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力と立場と自己確立

 僕の中学時代は兄の反抗期と重なっていた。兄が親に対して手を上げたり罵倒を浴びせたり、また反対に親が兄に対してそれを返すという場面を何度も見た。兄が怒る理由はいつも大したことがないようなものだった。そんなことでわざわざ険悪な状態を作らなくてもいいのに、と思っていたけれど、今にしてみればそれは明らかな甘えで、彼は一日に受け取った苛立ちを親という対象に押し付けてそうして感情を発散させていたのだろう。
 家ではとにかくそんなことが日常にあったから、僕自身は家でそういった発散をしないようになったように思う。代わりにクラスメイトや友人たちに、結構酷いことやったり言ったりしてしまった。権力を振るえるとき、僕は暴君だった。あの頃の友人たちに対しては、感謝よりも大きな罪悪感を持っている。申し訳なくて、恐ろしくて、もう二度とあえないだろう。
 思い返すと当時は力というものにとても敏感だった。相対的な立場に過敏で、執着し、きっとそうすることで自己を確立していた。いつも“くん付け”で僕を呼んでいたヤツに呼び捨てにされたりすると僕は激怒し、本気で飛び蹴りをくらわせたこともあった。
 僕は自分より下なものは絶対に下で、上のものは絶対に上だと思い込んできた。そして自分の行動をそうした押しつけの身分によって制限し、決定していたように思う。

 ここで中断。再生停止。
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  1. 2009/08/28(金) 03:02:49|
  2. 中学生の頃
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はじめに、と登校時間

 書くことによって事実は形を歪ませられる。しかし、書こうとすることにより思い出す何かもあるのではないか。そんな一種の気の迷い、あるいは逃避、言い訳がこんなことを書き始めようと思い立った動機だ。こうしてわざわざ動機から書き始めること自体、意志の弱さの表出だろう。しかし、客観的に見てそんな虚弱な意志にさえ、縋らなければならないのがありのままの自分の現在であるから、仕方がない。
 順序は唐突に、まったく時系列に従うことなく、思い出した事柄から書いていこう。大事なことは、誇張しないこと、縮小しないこと。なるべく、できるだけ、丁寧に。あの頃の自分に、失礼がない程度に。
 以上、前書き終わり。

 僕の通った中学は、一学年2クラスの小さな学校だった。大きめの池に挟まれた道をしばらく行くと、なかなか急な上り坂があって、うねるその坂の中程に差し掛かると丁度あの石柱の頭が見えてくる。登校時はほとんどが上り坂で、最後のその上り坂の木陰は少しだけ慰めになる。でも、確か僕は大概そこを下を向いて歩いていた。
 特別な行事がない限り、登校するときポジティブな感情でいることはあまりなかったように思う。それに、僕はいつも遅刻しないギリギリの時間に学校へ行っていたから、最後の坂であの嫌な野球部の先輩たちに出会すことも少なくなかった。あの人たちに直接的に何かをされたことはなかった。けれど、彼らは少なくとも悪意を含んだ目で僕を見ていた。その理由は僕の兄と彼らとの確執にあったようだけど、詳しいことは今もわからない。ただ、僕には僕自身に理由がないのに確実に向けられる悪意、しかもそれが自分たちの学年にまで強い影響力を持つ(と思い込んでいた)人たちから発せられることに恐怖していた。
 あの悪意は、ちょうど幽霊のものと似ている。存在しない幽霊に割り当てられていた恐怖という感情を、彼らが実態を伴って受け持ったわけだ。それに対して僕が行ったことは遠ざかること、近づかないこと、軽蔑すること。
 今にして思えば、ただの独り相撲だ。おそらく実際彼らが僕に向けていた悪意なんてほとんどなかったに違いない。接点なんて無いに等しかったのだから。
 それでもあの最後の坂道で、彼らと出会うことは本当に最悪だった。彼らはいつも集団でいて、ゆっくり笑いながら前を歩いている。僕は近づかないように、けれど不自然にならないようなペースで気を使って歩いていく。いつこちらに向かってくるのかわからない悪意に警戒しながら、けれどそのことも悟られないように下を向いて歩きながら。
 そして、いつ何時、彼らの悪意がこちらに向かってきてもいいように、自分の中に彼らに対する悪意を蓄えて、そんなふうにしていつも学校に通っていたように思う。
 彼らのこともあり、また他のこともあり、未だに野球も野球部も、僕は好きじゃない。
  1. 2009/08/27(木) 01:27:05|
  2. 中学生の頃
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老人と海とアンドロイド 2

 モナカは、アンドロイドとしては変わった造形をしていた。普段見かけるタイプのものは、人間らしさが意識されすぎていて歪なものが多い。リアクションが大げさすぎたり、対面した際目をこちらに向けすぎたり。わざとそうして、人間がある程度以上信用しないように設計されているのだ、という話を聞いたこともある。そうすることで依存症になる傾向を抑えようということらしい。本当に効果があるのかは疑わしいけれど、一応人間ではないということを察せる手掛かりにはなっている。
 けれどこのモナカの場合、どうもそれが隠されているような気がする。どこかアンドロイドっぽくない。当然、人間っぽいわけではないのだけれど、普通のアンドロイドと違って、何だろう、あまり対人間を意識されていないような気がする。それとも個人所有のものは、こういうのが普通なんだろうか。
 「何か?」
 「え?」
 突然話しかけられて、私は驚いた。
 「先ほどからずっとこちらを見ているようだが、どうかしたのか?」
 「あ、いや……、そうだね。少し休まない?」
 「200メートルほど先に公園がある。それとも、体力が保たないか?」
 「ううん、大丈夫。じゃあそこまで頑張ろう」
 モナカは小さく頷くとすぐに歩き出した。それにしても、見られていたなんて気付かなかった。ずっと正面ばかり見ているようだったのに。私は頬に手をやった。外気よりも熱い。きっと、赤くなっているだろう。ああ、恥ずかしい。

 公園は予想よりもさらにちっぽけだった。というより、看板とベンチが無ければ誰も気付かないのではないかと思う。それらがあれば公園と言えるのか、という問題は気にしないことにした。少なくとも、木陰のおかげで少し涼しい。これで蝉が喧しくなければ、合格点ギリギリだ。
 「モナカはいつ頃から祖父のところにいるの?」
 「その質問はプライバシー保護の為回答出来ない」
 「あっそう……。じゃ、モナカから見て、祖父ってどんな人?」
 「主人だ」
 「うーん、難しいなぁ……。じゃあさ、私から見たら、どんな人に見えると予想する?」
 「キミの父親の父親だ。つまり祖父に当たる」
 「そうじゃなくて……、もう、わざとやってるの?」
 「意図しない回答はしていないが、質問の意図を把握できなかったようだ」
 私は涼しい顔で立ちっぱなしのモナカから顔をそらし、辺りを見回した。蝉の声が響くばかりで、少し気味が悪い。ここまでに何軒か家があるのを見たけれど、本当はここ、廃村なんじゃないだろうか。
 「不安なのか?」
 「え?どうしてそう思うの?」
 「観察から類推した結果だ」
 「そう。モナカは頭がいいんだね」
 「そのように評価されるのは初めてだ」
 けれどモナカは微笑みもしない。ただ、奇麗に透き通った瞳。
 「ねえ、モナカは祖父のこと好き?」
 「それは地球や太陽が好きか、という質問と同じだ。比較対象が無い為、意味が無い」
 「そうかな。人間は、地球でも太陽でも、好きになったり嫌いになったりすると思うよ。私は、こんな暑い日の太陽は嫌い」
 「私は人間ではない」
 「人間になりたいって、思ったことはある?」
 「難しい質問だ。どのような意味で人間という語を使用しているのかによって、回答は異なる」
 「じゃあ、モナカは将来どんなふうになりたい?」
 「許容される限りにおいて、より人間の曖昧さに対応出来るようになるべく設定されている」
 「ふうん。だから、モナカって、変わってるのかな」
 「変わっている、とは?」
 「他のアンドロイドに比べて、ユニークってこと」
 「そうなのか。そのように評価されたことも無い。私が観察する限り、ユニークなのはそちらの観察であると判断する」
 「なにそれ、私が変わり者ってこと?」
 「他の人間に比べて、ユニークということだ」
 やっぱり真面目な顔でそんなことを言うので、私はつい吹き出してしまった。
 「さてと。そろそろ行こうか。歩きたくないけど」
 「了解した」
 「ね、モナカは歩くの好き?」
 「好きでも嫌いでもない。ただ……」
 「ただ?」
 「不得意だ」
 「それはそれは、御愁傷様」

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  1. 2009/07/19(日) 17:18:30|
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夢の手前

 「昔話の中で、人形は人間に憧れるんだ。人間になりたいって、願う。ある話では妬んだりもする。でも、あれって逆じゃないかって、思うんだ」
 「何が、逆なの」
 「命を吹き込まれた人形は、物語の中では人間と変わらない。むしろ経年劣化などを考慮すれば、劣っているのは明らかに人間だよ。でも、それだとプライドかなにかが傷つくから、憧れ、妬まれる対象に自らを当てた。馬鹿らしいよ」
 「そうかな」
 「そうだよ」
 「じゃあ、神様は」
 「ああ、そうだね。うん、じゃあ本当は神様も人間に憧れていたのかもしれない。人間が神様を恨むのは、案外神様に妬まれているからかもね」
 「どうして、神様が人間に憧れるの」
 「さあ、それは聞いてみないとわからないね」
 「ままならないことなの」
 「そう、人間にはままならないこと」
 「ねえ」
 「うん」
 「貴方は、何に憧れるの」
 「うん、昔はね、いろんなものに憧れていた。いろんなものが妬ましかった。だけどね、もう、なににも憧れていないんだ」
 「どうして」
 「どうしてかな。きっと、諦めたんだ。いろいろなものを。多分、一番大きなファクタは、自分を自分だと諦めたこと」
 「後悔してる」
 「なんでそう思うの」
 「そんな顔をしてる」
 「そう。それなら、本当は後悔しているのかもしれない。でも、そうしなければ生きていられなかったのも、確かだよ」
 「どうして、生きようと思ったの」
 「さあ、どうしてかな」
 「考えて、それは大事なこと」
 「誰にとって」
 「生きようとした、貴方にとって」
 「うん。でも、どうかな。生きようとなんて、思ったのかな。生きるとは、行為の継続であって、その継続自体を目的化しなくても生きていける。腹が減ったから食べて、眠くなったから寝る、というだけでもだ。そこに生きようなんて大層な意志はないと思うよ」
 「意志はなかったの」
 「わからない。でも、少なくとも、これまでの行いの向こう側、目的地みたいなものなんて何にも無い」
 「なぜ、生きているの」
 「生きていられるから」
 「貴方は、人間なの」
 「さあ、もう、わからない」
 「どうして」
 「なんだって、同じことだから」
 「貴方は、誰なの」
 「誰だろう。誰だろうね。誰かになりたかった、誰かのなり損ない。きっとそれは、誰も知らない」
 「わかるわけない」
 「わかられたくもない」
 「すべて、微睡みの中に融ける」
 「そして誰もいなくなる」
 「さよなら」
 「うん。さようなら」

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  1. 2009/07/12(日) 05:07:05|
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憂鬱なアンドロイド

 「鬱病、ですか」
 私は顔をしかめた。未だにそんな言葉を使う人間がいることは知っている。ある種の人々にとっては馴染み深いものだし、多くは無自覚に使用しているだけだから不愉快にも思わない。けれど、自分と同じ立場にいる人間、しかもこれからしばらくの間協力せねばならない相手が使うとなれば、話は違ってくる。
 しかも、その言葉の対象がアンドロイドとは、どういうつもりだろう。
 「納得出来ない?」
 静間は私に首を傾げて見せた。挑発的に微笑みながら。これだから、世代が違う同僚とは働きたくない。
 「納得出来るかどうかは、適切な対処が示せるかどうかで判断します」
 「無いよ」
 「え?」
 「だから、対処のしようがない。お手上げ、って言ってるの」
 何を言っているのだろうこの人は。ふざけているのか、それとも馬鹿にしているんだろうか。私は広げられた彼女の手を見つめた。それからゆっくり、彼女の顔を睨みつける。頭の片隅で、この仕事を辞める場合をシミュレートしながら。
 「では、これで治療は終了だと仰るんですか?もうどうしようもないから、あとはリセットするべきだと?」
 「貴方、なかなか残酷なことを言うね。私には、とてもそんなこと言えないな。治る見込みが無いってことは言うべきだと思うけど、それ以上は」
 「先生は、ここがどこで、私たちが誰なのか自覚なさっていますか」
 「しているよ」静間は腰を上げながら言った。「ここはアンドロイドの墓場で、私たちはそこを治める住職だ。貴方、コーヒーは飲める?」
 「結構です」
 私の答えに静間は鼻息を漏らした。
 「私たちの相手は、もう生きていない。この街はそれを誤魔化す為のシステムで、私たちもその一部。私たちと彼らの違いは何か、貴方、わかる?」
 「外部との接続の有無、と仰りたいのですね」
 「その通り。私たちはここに来るものたちを診断する。診断結果は外部に示される。そして判断が下される。私たちも判断することは出来るが、その判断を下すとき、それはどの視点に立った判断なのか自覚すべきだね。ま、釈迦に説法かもしれないけど」
 私は何も答えず、机に置かれたカルテに目を落とした。暗唱出来るような内容しか書かれていない。そこから新しい情報を得ることなど出来ないのに、そこに羅列された文章を読むことはいくらか私を沈静化させた。こういう無駄なプロセスをこなすことが、つまり人間の証だろうか。
 部屋の片隅で静間が自分の入れたコーヒーに文句を言っている。人前で独り言を言う人間が私は苦手だ。ここにいるべきではない、と大きく書かれた頭の中の忠告文がいっそう主張を強くしていくのを感じる。抑止を掛ける理性が「早く帰りたい」と小さく呟く。
 「さて、以上が私の見解。じゃあ次は、貴方の見解を聞こうか」
 「私は、自己診断プログラムの一部初期化、および認知学習のレベルを強化ししばらく様子を見るべきだと判断しました。類似のケースで成功例はいくつか上げられます」
 「しばらく、というのはどのくらいの間?まさか、成果が上がるまでなんて言わないでよ」
 「統計的に判断すると、三ヶ月程度が妥当です」
 「ふうん、まあ、そう判断するなら、そうしても良いんじゃない。私の判断は1対1、貴方のは2対0。より妥当なのはそちらだものね」
 「わかりました。ではそのようにデータを送らせていただきます」
 「はいはい、よろしくね」
 静間は投げやりにそう言って、部屋を出ようとした。
 「あの」けれど、私はそれを引き止めた。
 「なに?どうかした?」
 どうかした?どうかしたのか、私は。どうしてこんなに腹を立てている?こんな、人間相手に。
 しかし、どうかしている私の喉は勝手に震えて声を出し、それに伴って口はどうしようもなく当たり前の動きをした。
 「私は、自分の仕事に誇りを持っています」
 「それで?」
 「静間先生は如何ですか」
 「生憎だけど、余計なものは持たない主義でね」
 「私は貴方を軽蔑します」
 「それで?」
 「それだけです」
 そう、と言って静間は出て行った。きっと口元に相変わらずの微笑みを浮かべながら。
 最悪だ。私は手を振り上げ、机に叩き付けようとした。けれど、手は振り下ろされなかった。いつも、そうだ。代わりに叩き付けられる記憶が意識を埋め尽くす。
 「ちくしょう」
 呟く。独り言は、一人のときに言うものだ。ちくしょう。


 およそ一ヶ月後、件の依頼主は、ビルから落下した。損傷は激しく、もう二度と治らなかった。
 「よくある事故だよ」と静間は言った。
 私は、何も言い返せずに、ただじっと、ニュースを読み返し続けた。

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  1. 2009/07/11(土) 05:10:49|
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老人と海とアンドロイド 1

 罰ゲームのようなものだと思った。
 窓の外は山と河と田畑、電信柱がときどきあって、廃墟のような人家が稀に。もう涙が出るほどのどかだけれど、罪悪感に苛まれるほど睡眠は取ったから、もはやあくびは出ない。
 この退屈な時間が、結局この夏の縮図になっているに違いない。このところ私は退屈を見つけては、そんな予感を探しているような気がする。あまりよくない兆候だけれど、しかたない。
 振動を感じて、ポケットからケータイを取り出した。見ると母からのメールだった。私はメールを開かずに電源を切って、バックの中にケータイを放り込んだ。iPodの音量を少し上げる。
 大人たちは自分で判断する権利を持っている。家のこと、財産のこと、あるいは町内会のことや政治のこと。それらは彼らが築いたり引き継いだりしたものだから、その権利も妥当だと思う。権利を持つものは平等で、だから彼らは互いの不利益が最小限になるように振る舞う。そういうことを考慮しながら何かを行うというのは、きっと大変なのだろうと想像する。わかるけど、でもだからといって権利を持たないものにどのような影響がもたらされるのか、配慮がなさすぎじゃないのかと私は思うのだ。
 つまり、率直に言うと、私のことももうちょっと考えてよ、と。
 人間というのは、自分に耐えられることが他人にとっても平気なことだと考えてしまいがちだ。そして大人たちは意味の分からない繋がりを信頼しすぎだと思う。血の繋がりが近ければ仲良くやっていける、なんてことはあり得ない。むしろ人間の特性をその同族同士の争いに見るのであれば、近い方が危険だ。人が生涯暴力を受ける確率は、精神的身体的に関わらず他人より肉親の方が多いだろう。あれ、でもこの論理で行くと、母のところにいるより祖父のところにいる方が安全ってことになるような……。
 とにかく、そう、論理なんてどうでも良い。私はこの貴重な夏休みを、祖父のところで過ごさなければならないことに対して、大いに不満を持っているのだ。ほんとに、もう、嫌だな。
 だんだん、お腹が痛くなってきた。到着まであと二十分を切った。電車が止まって、引き返さざるをえないような事故が起きないだろうか。祖父のところに近づけば近づくほど、退屈が輝かしく貴重に思えてくる。このまま目を瞑ったらうっかり寝過ごしてしまって、結局祖父のところを回避出来ないだろうか。そんなことになった場合の言い訳や立ち振る舞いを妄想しながら私は目を閉じた。

 けれど日本の鉄道会社と私の体内時計は融通が利かないほど正常で、予定通りの時刻に私は駅に降り立っていた。その駅はちっぽけな小屋で、自動改札なんてものがあるはずも無く、制服を着た係員に切符を渡すと私は一人きりになった。しばらく聞こえていた電車の音も消えると、ここが駅だということさえ胡散臭く思える。夏にしてはいやに涼しい異様な空間だった。駅の中はほとんど何もなく、壁のところに木製の朽ちかけた長椅子が置かれているだけだった。長椅子の両端に蜘蛛の巣が張っていたけれど、その家主もとっくに退居しているようだった。私は駅から出て、祖父に連絡を入れることにした。
 「失礼します」
 駅を出ると同時にその声は私を呼び止めた。声の方を向くとそこには深く頭を下げた二十代くらいの人がいた。女性なのか男性なのか、どちらともいえない。私はつい振り返ってみたけれど、話しかけているらしい対象は私以外に見当たらなかった。その人はゆっくりと頭を上げて、私をまっすぐに見た。そして私の名を呼んだ。
 「もしかして、祖父が貴方を?」
 「はい。自宅までご案内するように申し付けられています」
 よどみなく、聞き取りやすい完璧な発音。私はこちらに向けられたその顔をしっかりと見た。すべての無駄を切り落としたようにすべての部分が鋭い。顎も唇も鼻も眉も短く切られた髪の一本一本も。そしてきれいな二つの瞳。ほんの少しだけ、人間よりも鈍く動く。眼を観察すれば区別がつくことを私は知っていた。それを理解してから、判断が外れたことはまだ無い。
 「貴方の名前はなんて言うの?」
 「モナカ、と呼んでいただいております」
 「モナカ?えっと、モニカとかモナコじゃなくて?」
 「はい、モナカです。しかしそちらの方が呼びやすいのでしたら、どうぞそのようにお呼びください」
 モナカと名乗ったそのアンドロイドは、微笑みもせずにそう言った。いったい祖父は何を考えているのだろう。私は片手で頭を支えた。
 「ご気分が優れないようですが、何かご用意しましょうか」
 「何が用意出来るの。こんな、何にも無いところで」
 「はい。風邪薬や痛み止め、抗鬱剤、あるいはタクシー、救急車などを」
 「ああ、いいよそんなの、もう」
 「申し訳ございません」
 モナカは再び深く頭を下げた。周りに誰もいなくて良かった。こんなところ、絶対誰にも見られたくない。
 「謝らないで、少なくともそんな大げさな感じにしないでほしいな。あと、できれば敬語もやめよう。肩凝っちゃうよ」
 「わかった。これで良いか?」
 この切り替えの早さが人間とは違う。母などの世代は不気味と感じるようだが、少なくとも私には微笑ましく思える。人間にもこうしてほしい、とまでは思わないけれど。
 「うーん、もうちょっと柔らかくできる?」
 「柔らかい、とはつまり親しげにということか?すまないがあまりデータが無い」
 「ネットに繋がってないの?」
 「自宅に戻れば有線で接続可能だ」
 「え、ここ、無線飛んでないの?嘘でしょ?」
 「無線が飛んでいないとは、私は言っていない。私に無線接続の権限が与えられていないだけだ。必要ならば、この地点の無線の状況をデータとして提出出来るが」
 「いやいや、いいよそんな。しっかし、なんでそんな不便なことを……、あ、いや、説明しなくてもいいよ。あとで聞くから」私は開きかけたモナカの口を慌てて塞いだ。「それより、さっさと行こう。ここから家までは、どのくらいかかるの?」
 「時速4キロメートルの速度を保てば、およそ一時間十三分後に到着出来る」
 「は?歩くの?バスは?」
 「バスを利用するのであれば歩行距離を三分の一程度にすることが可能だ。到着には二時間三十四分かかる」
 「どうして時間が増えてるわけ?」
 「バスがここへ到着するまでの時間を加算した結果だ」
 「だと思った」
 「タクシーを呼ぼうか?」
 「いや、いいよ。歩こう。ああ……、日焼けしそう」
 私は馬鹿みたいに晴れた空を見上げた。罰ゲームじゃなくて、正真正銘罰なんだろうか、これは。ああ、私が何をしたよ、神様。
 「二時間後に夕立が来る。その時間帯を狙えばある程度日焼けを軽減出来るが」
 「歩こう。夕立が来る前に」

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  1. 2009/06/23(火) 02:17:41|
  2. チラシの裏童話
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【近未来】

 走れ、と誰かが言った。周りに眼をやると、どうもみんなそれを肯定しているらしい。そうとも、走るべきだ。僕もそう思った。走らない自分を観ながら。
 走らないでいる理由は怠惰以外に何も無い。怠惰は否定されるべきだし、それならば走ることはもっともだ。
 けれど、僕はいつまでたっても走らなかった。浮かない顔を地面に向けたまま。

 走れよ、と誰かが言った。強い声、非難めいた、愛情溢れる罵声だった。言葉は強い打撃を僕に与えた。けれど倒れもせず、それどころか身じろぎもせずに僕は立っていた。丁度同じだけの強さの打撃を内側から食らいながら。
 走れ走れとみんな言う。みんなみんな走っていく。
 どこへ行くの、と僕は訊きたい。どうして行くの、それがわからない。
 誰が教えてくれた?どうすれば教えてくれる?知ってるんだろ、みんな。ずるいや。

 走れ、と誰かが言った。哀れむような顔をしていた。走ればよかったのに、と言われた気がした。その通り、もうすっかり過去形だ。
 遠い遠いどこかへ行ってしまったあなた方、でも僕は感謝してるんだ。
 いつまでもいつまでも走り続けてほしいって、祈ってるんだ。
 そしていつか、辿り着いたら聴かせてほしいんだ。
 どこへ辿り着いたのか、何を手に入れられたのか。
 そして走ってきた道のまっすぐ後ろに向かって、瓶詰の手紙を投げてください。
 それを読むのは僕ではないかもしれないけれど。
 きっときっとお願いします。
  1. 2009/06/21(日) 04:16:09|
  2. 断片
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