シッタカブリオーネ

虚言・妄言・支離滅裂

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しゅーきょー

  宗教に対する度を超えた拒絶感は、少し正常の範疇を超えているように感じる。世の中で散見される、そのアンチな感情を共有する集団もまた、宗教的に見える。しかも粗悪な宗教のように。
 宗教的であるが故に批判する、というのは自らの置いている状況に気付いていないだけだろう。関係というのは大体において宗教的だと僕は考える。恋人同士なんてまさにそういうものだと思うし、何より自己という奴が最も怪しい。自己とは偶像ではないか?幻想ではないか?神の原型が他者であると言われるけれど、それ以前に自己が最も胡散臭い。宗教的とは考えられないか?
 私は私の殉教者であり、同時に私の神である。時間的広がりを念頭に置けば、その命題は全く不自然ではない。そう思うんだけど、それでもなお宗教であるというだけで叩く輩はいるのだろうか。だとしたら、何を根拠に叩くのか。何を信じて。
 見え透いた動機ではなくて、それを安定させているものが知りたい。
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  1. 2008/07/24(木) 16:48:38|
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