シッタカブリオーネ

虚言・妄言・支離滅裂

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憂鬱なアンドロイド

 「鬱病、ですか」
 私は顔をしかめた。未だにそんな言葉を使う人間がいることは知っている。ある種の人々にとっては馴染み深いものだし、多くは無自覚に使用しているだけだから不愉快にも思わない。けれど、自分と同じ立場にいる人間、しかもこれからしばらくの間協力せねばならない相手が使うとなれば、話は違ってくる。
 しかも、その言葉の対象がアンドロイドとは、どういうつもりだろう。
 「納得出来ない?」
 静間は私に首を傾げて見せた。挑発的に微笑みながら。これだから、世代が違う同僚とは働きたくない。
 「納得出来るかどうかは、適切な対処が示せるかどうかで判断します」
 「無いよ」
 「え?」
 「だから、対処のしようがない。お手上げ、って言ってるの」
 何を言っているのだろうこの人は。ふざけているのか、それとも馬鹿にしているんだろうか。私は広げられた彼女の手を見つめた。それからゆっくり、彼女の顔を睨みつける。頭の片隅で、この仕事を辞める場合をシミュレートしながら。
 「では、これで治療は終了だと仰るんですか?もうどうしようもないから、あとはリセットするべきだと?」
 「貴方、なかなか残酷なことを言うね。私には、とてもそんなこと言えないな。治る見込みが無いってことは言うべきだと思うけど、それ以上は」
 「先生は、ここがどこで、私たちが誰なのか自覚なさっていますか」
 「しているよ」静間は腰を上げながら言った。「ここはアンドロイドの墓場で、私たちはそこを治める住職だ。貴方、コーヒーは飲める?」
 「結構です」
 私の答えに静間は鼻息を漏らした。
 「私たちの相手は、もう生きていない。この街はそれを誤魔化す為のシステムで、私たちもその一部。私たちと彼らの違いは何か、貴方、わかる?」
 「外部との接続の有無、と仰りたいのですね」
 「その通り。私たちはここに来るものたちを診断する。診断結果は外部に示される。そして判断が下される。私たちも判断することは出来るが、その判断を下すとき、それはどの視点に立った判断なのか自覚すべきだね。ま、釈迦に説法かもしれないけど」
 私は何も答えず、机に置かれたカルテに目を落とした。暗唱出来るような内容しか書かれていない。そこから新しい情報を得ることなど出来ないのに、そこに羅列された文章を読むことはいくらか私を沈静化させた。こういう無駄なプロセスをこなすことが、つまり人間の証だろうか。
 部屋の片隅で静間が自分の入れたコーヒーに文句を言っている。人前で独り言を言う人間が私は苦手だ。ここにいるべきではない、と大きく書かれた頭の中の忠告文がいっそう主張を強くしていくのを感じる。抑止を掛ける理性が「早く帰りたい」と小さく呟く。
 「さて、以上が私の見解。じゃあ次は、貴方の見解を聞こうか」
 「私は、自己診断プログラムの一部初期化、および認知学習のレベルを強化ししばらく様子を見るべきだと判断しました。類似のケースで成功例はいくつか上げられます」
 「しばらく、というのはどのくらいの間?まさか、成果が上がるまでなんて言わないでよ」
 「統計的に判断すると、三ヶ月程度が妥当です」
 「ふうん、まあ、そう判断するなら、そうしても良いんじゃない。私の判断は1対1、貴方のは2対0。より妥当なのはそちらだものね」
 「わかりました。ではそのようにデータを送らせていただきます」
 「はいはい、よろしくね」
 静間は投げやりにそう言って、部屋を出ようとした。
 「あの」けれど、私はそれを引き止めた。
 「なに?どうかした?」
 どうかした?どうかしたのか、私は。どうしてこんなに腹を立てている?こんな、人間相手に。
 しかし、どうかしている私の喉は勝手に震えて声を出し、それに伴って口はどうしようもなく当たり前の動きをした。
 「私は、自分の仕事に誇りを持っています」
 「それで?」
 「静間先生は如何ですか」
 「生憎だけど、余計なものは持たない主義でね」
 「私は貴方を軽蔑します」
 「それで?」
 「それだけです」
 そう、と言って静間は出て行った。きっと口元に相変わらずの微笑みを浮かべながら。
 最悪だ。私は手を振り上げ、机に叩き付けようとした。けれど、手は振り下ろされなかった。いつも、そうだ。代わりに叩き付けられる記憶が意識を埋め尽くす。
 「ちくしょう」
 呟く。独り言は、一人のときに言うものだ。ちくしょう。


 およそ一ヶ月後、件の依頼主は、ビルから落下した。損傷は激しく、もう二度と治らなかった。
 「よくある事故だよ」と静間は言った。
 私は、何も言い返せずに、ただじっと、ニュースを読み返し続けた。
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テーマ:創作モノ - ジャンル:その他

  1. 2009/07/11(土) 05:10:49|
  2. チラシの裏童話
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