シッタカブリオーネ

虚言・妄言・支離滅裂

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【なぜ行われたのか】

数日前に職場で南京虐殺についての本を見掛けた。
その本には、虐殺に伴って行われた強姦みたいなことも書かれていたのだけど、そこでふと疑問に思った。
なんでそんなことをしたのだろうか、と。
侵略などの際、そういったことがなされるのは少なからずあるらしい。
日常的道徳の観点からすれば、最悪中の最悪に他ならない。
人を殺すことに加え、そういうことをするのは、悪行に悪行を重ねることだ。
仮に人を殺すことは、戦争のルールにおいて許容されることであったとしても、強姦はどう考えてもその枠外だろう。
戦争のルールに則った道徳を持ち行動する個人を想定しても、その個人がそういった行為を容認し実行する理屈が全然わからない。
にもかかわらず、それは現実に行われたわけで。
しかも、ものすごくたくさん。
で、思いついた仮定を以下に書きたいと思います。
まず戦争のルールに則った道徳なんてものはない。
あるいはそれは誰しもが持てるものではない。
兵隊は結局、日常的道徳を保持しているものと考える。
それに従うと戦争における殺人などの行為は悪であるが、兵隊にとってはやらねばならないものであるとする。
そのため兵隊は常に悪を行う、言い換えると悪は兵隊にとって行っても仕方がないこととなる。
ここで戦争における兵隊の状態を考えると、日常より死にさらされた場である戦場にいるというのは苦痛だろう。
単純に身体的に考えても、痛いし疲れるし辛い。
人間だって結局動物なので、報酬がなければやってられないだろう。
このままだと、悪行の内にポジティブな価値のあるものがないので、いつか破綻する。
そんなわけで、つまり悪行においての悪の報酬として、そういう行為があったのではないか。
外的に観ると、
悪行(1)をし続けるために、
悪行(2)を行った、
というようにわけがわからないけれど、
(1)に戦争や殺人などの兵隊にとってもネガティブな価値しかないものを、(2)に強姦などの彼らが多少なりともポジティブな価値を感じられるものをそれぞれ代入すれば、まあ、理屈としてはわかる。
何にせよ、最低最悪に変わりないけどね。
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  1. 2007/08/05(日) 06:32:00|
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