シッタカブリオーネ

虚言・妄言・支離滅裂

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《12.自生》

裏庭の隅の、朽ちかけた杉の根本に、左手がひっそりと生えているのを見つけた。
肉付きの良い小さな手で、赤ん坊のそれと大体同じ大きさだった。
初めて見たときは大層驚いたが、手のひらに指で触れてみるとしっかりと握って見せたので、ああ、生きているのだと私は安心した。
柔らかな手に触れていると、だんだんそれが可愛らしいもののように思えてきて、私は妻を呼んで彼女にも見てもらいたくなった。
けれど妻は最近少し精神が不安定であり、そして彼女は元々植物も子供もあまり好まない。
この手がいったい何であれ、きっと彼女には見せぬ方が良いだろう。
共有できない愛おしさに寂しさを感じたが、それでもいっそう手は可愛らしかったので、私はできる限り世話をすることに決めた。
それがちょうど五ヶ月前の、六月のはじめの頃だった。

私はそれから毎日水をくれてやり、虫にたかられていれば払ってやった。
雨が降った翌日などに泥に汚れていれば拭いてやり、あんまり爪が伸びたら切ってやったりした。
手はすくすくと成長を続け、夏が終わる頃には、人間で言えば肘くらいのあたりまで腕が伸びた。
一度何かがぶつかったのか、親指の付け根あたりから血が出ていたことがあった。
怪我はすぐに癒えたが、心配になり、私は家の中から調度良い具合の箱を持ってきて、それを手の上から被せた。
これで安心だろうと思っていたが、しかし二、三日もすると手は見る見る元気をなくしていってしまった。
それで、どうやらこの子は日光に当てる必要があるらしいとわかった。

それからもうしばらくして、私は再び驚いた。
手の隣に今度は右手が生えてきていたからだ。
もしかするとこれはシダ植物の類なのかもしれない。
あるいはタチの悪い、私自身の幻覚か。
思い切って私は知り合いの教授に相談してみることにした。
彼は笑顔で私の訪問を迎えてくれたが、どうも内心迷惑がっているらしいことが彼の表情から伺えた。
申し訳なく思いつつ、事の次第を簡潔に話してみると彼は唸りながら天井を見上げた。
「やはり、こんなこと、ありえないだろうね」
「いや、ありえなくはないとも。それに現に生えているのだろう?」
私は頷いた。
それから彼はわけの分からない言葉を延々と話し続けた。
彼はいつもこうやって遠回しの罵詈雑言を私に浴びせる。
でも彼が善人であることはわかっているので、私は黙って話を聞き、礼を言って彼の部屋を出た。
彼の話で理解できたことのうち、重要なのは、庭に手が自生することもありえないことではないという、私にとって分かり切ったことだけだ。
しかしそれでも、私は安堵した。
あれはあっていけないものではないと確認できたのだから。
家に帰った私は真っ先に件の両手のもとへ行き、軽く指をつかんでみた。
すると両手はどちらも同じように握り返してくれた。
私は腹の底から暖かさが沸いてくるのを感じた。

そしてひとつき前のこと。
私がいつものように両手に水をあげに行くと、両手のちょうど真ん中の土がこんもりと膨らんでいることに気づいた。
ああ、いよいよ頭が生えてくるのだと私にはわかった。
頭がいつか生えるだろう事は、ずっと以前から予想できていた。
思い至った当初は、それはとても恐ろしいことだ感じていたが、それが自然なのだから生えるのは仕方ない。
その頃にはむしろ多少なりとも楽しみでさえあったので、私は土の膨れたその部分にも優しく水をかけてやった。
頭は毎日ゆっくりと伸び、一週間ほどしてようやく顔のすべてが土の上に出た。
それはまるで生まれたての赤子そのものの顔で、目は閉じられたまま皮膚もふやけているように見えた。
口はときどきモゴモゴと動きを見せたが、決して音を発さず、どれほど泣きそうな表情でも全く泣かないので、これは赤子に似ているが同じではないのだと理解させられた。

そうして顔もだんだんと成長していった。
ふやけたような皮膚も次第にふっくらとして、不思議と表情を豊かにしていった。
けれど今もなお瞼は開かれない。
しかし瞼の奥にコロコロと何かが動いているのは見て取れる。
それはもしかしたら瞳かもしれないし、あるいは種が詰まっているのかもしれない。
それを無理矢理に開いてみる勇気は、今の私にはない。
きっと幼少の頃の私なら、すぐにそうしただろうけれど。
私はしゃがみ込み、ゆっくりとそれの頬に触れた。
とても柔らかい、しかしとても冷たい頬。
あの子と同じだ。
あの子の頬も、同じように冷たかった。
そういえば、これの顔は、どこかあの子に似ているような気がする。
そして私とも、妻とも似ているように思える。
妻に教えてあげたら、喜んでくれるだろうか。
もう一度私と、今度はこれを大切にしてくれるだろうか。
振り向いて、私は家の方を見た。
いや、よそう。
もう彼女はすっかり狂ってしまったのだ。
彼女は、可哀想な人だ。
これ以上何かを与えようとしても、それが何であれ、そのことによって彼女は苦しむ。
妻は壊れてしまったのだ。
もう、どうしようもないのだ。

私は顔に向き直り、頬に触れたままの指を動かし、くすぐってみた。
顔は音もなくケラケラと笑った。
あの子も確かこんなふうに笑っていた。
そう思ったけれど、実際のところ、私はもうあの子の笑顔を鮮明に思い出すことができなかった。
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  1. 2007/10/28(日) 04:14:32|
  2. 連想駄文
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