シッタカブリオーネ

虚言・妄言・支離滅裂

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《14.テロり》

目を覚ましたらお腹が空いていた。あるいはお腹が空いたので目が覚めたのか。
ケータイで時刻を確認すると、12時13分。丁度良い頃合いだろう。
教室に戻る前に保険の先生と話さなくてはいけない。それがひどく億劫だ。
どうやら今僕以外に客はいないようなので、長くなるかもしれない。
去年までいた人に比べて真面目すぎるのだ。その代わり今の先生は若くて比較的綺麗だけれど、保険の先生にそんなものは求めていない。
より冷めていて、よりサボりやすい方が例えバァさんでもずっと良い。
僕はベッドから起きあがり、靴を履き、周囲を覆うカーテンを開けた。
すると、先生の姿はなかった。
トイレにでも行っているのだろうか。いずれにせよ、これはラッキィだ。
僕は先生の机の上に置かれた入退室の名簿にサインをし、急いで部屋を出た。
保健室前の廊下は昼間なのに薄暗い。
僕は玄関へ続く方に目をやった。
混み始める前に、自販機でジュースを買っておこうか、少し考える。
けれどさすがにそれは気が引けたので、振り向いて階段の方へ歩き出した。
校庭のあたりから教師のものらしき怒鳴り声が聞こえる。
内容は聞き取れないけれど、どうせくだらないことには変わりない。
彼らは生徒を馬鹿扱いするし、大抵の生徒は馬鹿相手に真面目な振る舞いはしない。
馬鹿の結晶を相互の努力で作りだそうとしているに違いない。
それはまあ結構なことだと思うから、どうか強制しないでほしい。なんて、願ったところで意味はないけれど。

うちの場合、基本的に学年ごとに教室のある階が違っている。けれど僕のクラスだけが、二年なのに三年の教室が並ぶ二階の隅にある。
そんなわけで、教室に戻るためには授業中の三年の廊下の前を通らなくてはいけない。
いくら音を立てずに歩いても必ずこちらを見る人がいるから、少し憂鬱になる。
いっそ走り抜ければ、少なくとも目を合わせることがなくて済む。
問題はそんな本末転倒な恥ずかしいことを出来るだけの勇気を僕は持っていないということだ。
しかしそれだけの勇気があれば、たぶん初めから見られても平気なのだろう。
まったく難しい世の中だ、と思いつつ僕は歩く。
しかし、最初の教室も、次の教室も、その次も人はいなかった。
もしかしたら学年集会か何かをしているのだろうか、と次の教室を覗くと、ようやく人がいた。
けれど一人だけ。
机の上に座って、ぼんやりと天井のあたりを見ている。
白い顔、黒い髪、白い制服、黒い眉。
白目、黒目、泣いている赤。
彼女は僕に気づき、こちらに顔を向けた。
かと思うと、すぐに顔を伏せる。
「矢吹先輩、なにしてるんですか」
「キミこそ」
先輩の声は心なしか震えて聞こえた。
「えっと、保健室から教室に戻るとこですけど」
すると先輩は突然顔を上げ、見開いた眼で僕を見た。
そしてゆっくりと眼は閉じられていき、最後に少しだけ、悲しそうな顔になった。
彼女はその感情を拭うように左手で髪をかき上げると、見慣れた笑顔を作った。
「キミ、ほんと、天然だよね。自覚してる?」
「イヤと言うほど指摘されましたからね、先輩に」
僕も笑って見せようとした。
しかし、先輩の赤い右手に気づいて、それに失敗してしまった。
「怪我……、じゃないですよね、それ」
「ああ、コレ?」
彼女は右手を軽く降ってみせると、顎の先で後ろの方を指した。
先輩の後ろ、窓際の暖房機の前の床に、誰かが倒れていた。
胸のあたりにはナイフが突き刺さっていた。
「あれ、あんまり驚かないのね」
「たぶん、まだ寝ぼけてますんで」
「じゃあ、校庭を見て。きっと目が覚める」
先輩は左手を口元に当てながら言った。
僕は言われたとおり窓の方に向かい、外をこっそり眺めた。
「全校集会……、じゃないですよね」
「同じようなもんだよ。正確には、私を説得しようの会、かな」
先輩は机から飛び降りて、こちらに近づいてきた。
「あちらの認識では、人質はまだ生きている。しかし私が本当に危険だというふうには理解している。指切り落として、投げてあげたからね」
「なんで、ですか」
「さあ、正直、覚えてない。ある程度見当はつくけど」
先輩は僕の隣で、何か呪文を唱えるように言った。
「さて、ここからが問題。ねえ、こういうとき、犯人はどんな要求をすべきかな」
「逃げる手はずを用意させるとか……。でも、難しいでしょうね」
「そう、だから問題を変えよう。キミさあ、何か要求はある?」
「学校にですか?それは、別にないですけど……、あ、お腹すきました」
「じゃあ、ご飯を食べようか。つまり、ご飯を食べ終えるまで邪魔させないのが必要になるよね」
先輩は黒板の上の時計を見た。
「一時まで、でいいかな。うん、それくらいが潮時かな」
先輩はまっすぐに転がっている人のところへ歩いていき、そしてまたすぐに戻ってきた。
右手にナイフを握って。
「ちょっとベランダに出て。一芝居打つから。キミは黙って立ってるだけでいいよ」
先輩のナイフは僕に突きつけられた。
僕は、自分でも変だというのはわかるけれど、この人に今殺されるのなら、それも悪くないんじゃないかと、ぼやけた頭で感じていた。
ベランダに出ると、たくさんの生徒に注目されるのがわかって、思わず目を逸らした。
「すごい、恥ずかしいです」
「我慢しなさい」
僕らは小声で言い合った。
横目で見ると、先輩の顔も少し赤らんでいたので、ああ、先輩も恥ずかしいのかとわかった。
「すみません!私、伊藤さんを殺しました!」
先輩が叫ぶと、眼下の喧噪はぴたりと止んだ。
「必要なら、死体をそちらに投げて証明します!で、このマヌケな男子!こいつが新しい人質です!私、また殺しちゃうかもしれません!すいませんけど、一時まで、そこを動かないでください!そうしてもらえなければ、確実に彼も刺します!いいですか!?で、一時を過ぎたら、自首します!信じてもらえますか!?もし無理なら、彼の小指でも切って、そちらに投げますけど!」
「最悪の指切りですね」
「針千本よりマシでしょ」
僕らは下の奴らの返答を待たずに教室の中へ戻った。
「さてと、それじゃあお昼にしよう」
先輩はそう言ってから、死体の方を見た。
「キミのクラスでね」

まるで現実感がない、と同時に圧倒的な現実に僕は押しつぶされる思いだった。
僕にとっては先輩の犯したらしい罪より、今先輩と一緒に弁当を食べているということのほうが、とてつもなく威力のある非日常だった。
「そういや先輩って、大学どこにするんですか?」
「さあ……、刑期が終わってから考えるよ」
「ケーキ?ああ……、すいません」
先輩は情けない弟を見るように笑った。
僕はどうにか話題を探そうと思ったけれど、適当なのは見当たらない。
「美味しそうだね、そのお弁当。お母さんが作っているの?」
「え、ああ、はい」
「いいなあ。あ、確かキミんちも片親だよね。まったく、どっちかしかいないなら母親の方が良いよ。父親は、使えない」
先輩はため息混じりにコンビニで買ったものらしいパンをかじった。
僕はなんと返したらよいものかわからず、曖昧に笑って見せた。
そしてしばらく僕らは黙って昼食を摂った。
空腹が癒えると徐々に正常を取り戻していく頭が彼女の動機を知りたがった。
でもそんなこと、聞けるわけがなかった。
先輩は左手で唇を拭うと僕に向かって微笑んだ。
「さて、そろそろ何か、学校に要求したいこと、思いついた?」
僕は首を傾げた。
「何にもないの?」
「そもそも、学校なんかに何も期待してないですから。先輩は、何かないんですか?」
彼女は椅子の背もたれに倒れかかった。
「まあ、ないね。あと数ヶ月で卒業する学校に要求したって、って感じ。でもそう、確かにキミの意見にも同感だな」
先輩は窓の方を見た。
窓の外はあいにくの曇り空。
こんな日くらい晴れていてもいいじゃないかと思ったけれど、天気がどんなだって、大した影響はない。
先輩は、静かな声で、僕の名を呼んだ。
「なんですか」
「キミは、楽しいかい」
「何がです?」
「生きていて」
先輩といられるなら、と答えたかった。
でもそれは、きっと言葉にした時点で嘘だと思ったし、僕にはそんな度胸はない。
「生きてなきゃ、楽しいことはないです」
先輩は呆れたように鼻息を漏らした。
「じゃ、学校以外に、世界に対してとか何でもいいけど、とにかく求めるものはある?」
僕は迷った。
でもきっと、こんな機会は二度とないだろう。
だから言ってしまわなくちゃいけない。
たぶん、そんな気がした。
「先輩、と、その、付き合いたいです」
「はあ?」
「先輩のこと、ずっと、好きでした」
彼女は、額に手を当ててしばらく俯いた。
そして上目遣いに僕を睨んだ。
「馬鹿じゃないの」
「すいません……」
先輩は盛大なため息をついて、振り返った。
「ああ、そろそろ時間か」
そして立ち上がり、窓の方へ歩いていった。
僕はその後ろ姿を見続けた。
「私ね、最初にキミが来たとき、助けに来てくれたんだと思った」
先輩は振り向かずに言った。
「そんなはずがないのにね。でも、おかげで気がついた。私、助けてほしかったんだ。ずっと。もう、そんなこと言える立場じゃないのにね」
「先輩」
僕が立ち上がると、それを制するように彼女は近寄ってきて、僕の目の前で止まった。
そして、僕の両肩に手を置いた。
先輩の目は、また、涙を流していた。
「これは、サービスだよ」
彼女の顔がゆっくりと近付いてきて、僕は眼を閉じた。
唇に暖かさが触れた。
けれどそれは、呆気なく離れていった。
僕は何も言えず、ただ目を開けて、彼女が再び窓際へ歩いていくのを見ていた。
彼女は一度左手を少し挙げて、こちらか、あるいは窓の外に向かって振った。
右手にはいつの間にかナイフ。
そして、ああ、そして。
窓ガラスが赤く染まった。
僕は近寄ることも出来ず、ただ先輩の首筋から吹き出る血の勢いが弱まっていくのを見た。
「卑怯だよ、そんなの」
曇天の空、雨さえ降らない。
僕は左手を持ち上げて、指で唇をなぞった。
彼女の感触は確かに思い出せた。
でも、それだけ。
彼女の言葉はもう聞こえない。
赤い窓ガラスは、ずっと昔に、教会で見たステンドグラスの、一片を思い出させた。
あのときも、確か、こんなふうにやるせなかった。
確か、たぶん、そうだった。
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  1. 2007/11/01(木) 14:02:50|
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